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右第五中足骨骨折と社会(受傷78日目・術後70日目)

バレンタインから数日の間、家族が旅行に出かけるので、留守番のため実家に行った。
その間も、チョコレートを買いに行ったり、ずっと行きたかった店に昼食や夕食に行ったり、ドンキへ行って歩き回ったりと、なるべく歩く機会を作って歩行訓練をした。

11月半ばに髪を切ったきり行けなかった美容院にようやく行けたのもこの頃である。
なぜなら行きつけの美容院は2階にあり、階段を上らなければならないからだ。
冬に入る前だったのでちょっと短めに切ってもらっていたため、ぎりぎりうざったさに耐えられた。

いつも切ってくれる美容師のお兄さんは、私が骨折したことを知って驚いていた。
年末に旅行に行くという話をしたのが最後だったので、その旅行はどうしたのかと聞かれたが、ツアー自体が催行されなかったのでキャンセル料は取られなかったと説明した。
また、今回切るのは「前回切った時から、ちょうど半月経ったくらいの長さ」にしてもらった。

職場に復帰した時、あまりに「切ってきました!」という感じだと、クズどもから「ふーん、骨折してても髪は切りに行けたんだー」と陰口を叩かれてもイヤなので、ちょうど私が姿を消した頃と同じくらいの長さに合わせてもらったのだ。
悪口が生きがいのバカばっかの職場に配属されていると、全くもって苦労する。

ところで後で思ったのだが、髪を切りに行ったのはまさに14日のバレンタインの日であった。
いつもお世話になっているのに、なぜチョコレートを持っていかなかったのか…
まぁお兄さんはババァの客からのチョコなんぞ嬉しくもないだろうが、珍しく女性らしいことができるチャンスだったのに、全然気づかんかった。残念だ。

長く不自由な歩行をしてきて思うのは、外出の際、段差や物も怖いが、何より怖いのが「他人」だということだ。

私は仕事柄そういったことにいやでも配慮する方なのだが、いざ自分が弱者の立場になると、杖を見て投げ出した足を引っ込めてくれたり、窓口に近い椅子を譲ってくれたり、エレベーターの開ボタンを押してくれる人が本当にありがたく見える。

なお、杖をついている人のそばを、自分が平気だからといってギリギリの距離で歩いたり、すり抜けたりするのはもってのほかである。
即座に反応ができないとわかっているので、ものすごく怖いのだ。
これは絶対にやめてもらいたい。

配慮してくれるのはなんといっても年配の女性が一番で(だからこそ逆に無遠慮なおばはんは悪目立ちするので、自戒も込めて気を付けよう)、次に若い女性、若い男性と続く。
一番ダメなのが、どこでもそうだが中年以降のじじぃどもである。

もちろん親切な紳士もいるが、ほとんどのじじぃは全く配慮してくれない。
そして大抵、自分が配慮してもらえないことに怒ったり、逆に体が悪くなると皆からバカにされると言ってひきこもる。
彼らは自分がそれまで長きに渡って不自由な人たちをバカにしてきたから、皆もそうだとしか思えないのである。

松葉杖で両手が塞がった私がエレベーターに乗る間、次に待っていた杖を突いたじいさんが、外部の上ボタンを押そうともしてくれなかった。
私は何とか扉が閉まる前に乗り込んだのだが、いつもならもちろん押すのに、今は杖で両手が塞がっているので内部の開ボタンが押せない。
そこに彼が相変わらず上ボタンを押しもせずに無理無理乗り込んできたものだから、当然扉に挟まれ、「ちっ」と毒づいていた。

杖はついているが、麻痺はなく、歩行はできている。
少なくとも私と違って片手は自由になるのだ。
重症度では上の私の状態を見ているのだから、自分の安全も含めて、なぜ上ボタンを押すという配慮ができないのか。
その時間があれば、私だって内部の開ボタンを押すことができる。
毒づく彼を横目に見つつ、正直、挟まれたのが自分ではなくてよかったと心底ほっとした。

女性にはかなわないながらも若い男性には親切な人がいくらかいた。
片松葉になってから、左腕で杖をついているのが見えないと、エレベーターに乗ろうとしても中の人が「開」ボタンを押してくれない。

一度、駅でベビーカーを押した若い母親と父親が乗るエレベーターに乗ろうとしたが、私が普通の健常者に見えたのだろう、「開」ボタンを押してくれなかった。
乗り込むまでに扉が閉じたら怖いので、「すみません、開くボタンを押してもらえますか」とお願いした。

若い父親はすぐに気づいて押してくれたが、ベビーカーを押す母親の方はこちらに胡乱な視線を投げかけただけだった。
自分だってベビーカーで乗降する時は皆さんに助けてもらうだろうに、そんな不愉快そうな顔をしなくてもいいじゃないかと思いつつ、えっちらおっちらと杖をついて乗り込んだものだ。

役所へ書類を提出に行き、もたもたして落とし物をした時も、側にいた若い男性がすぐに拾ってくれた。
彼らがじじぃになる頃には誰もが心地よいUDが世界に浸透しているとよいと思う。

反面、せっかくある程度仕事はできるのに、気の利かない人も多かった。
これはしかし、今後体が不自由な人には自分も気を遣わねばならないと反省させられるケースであった。

入院する時、事務を担当してくれたのは眼鏡の若い女性だったが、この人は病院に勤めているくせに全く気の利かない人だった。
こちらはうまく移動ができない状態なのに、いきなり「こっちでぇす」と自分だけすたすた歩いて行ってしまう。

怪我をしている私がそこに辿り着くまでの保安もしてくれないし、座りやすいように椅子を整えてくれることもしない。
付き添いの家族の椅子を用意することもなく、あまつさえ松葉杖で両手が塞がった私に、立ったままで「ここにサインしてくださーい」とか平気で言ってしまう無神経ぶりであった。

手続きはてきぱきやってくれたので事務能力は高いのだと思うが、こういう、他人の痛みを想像したり、困難に気を回せない人は世間にわりといる。
彼女は事務員であるから、「患者のお世話なんか私の仕事じゃないしー」と言われれば確かにそれまでである。

だが彼女が選んだ職場は、銀行やカフェや普通の商店以上に「身体の状態が悪い人たち」が訪れる場所なのだ。
看護職や介護職でなくても、普通の状態ではない相手を慮ることは必要だと思う。

私の職場にも「障害者とか老人が生きてる意味とか不自由さとか意味わかんない。私は健康だから」「寝たきりになったら人として役に立たないんだから、早く死ねばいいのに」と真顔で言う人がいる。
この人も事務能力はずば抜けて高く、非常に頭のいい人であるが、人間としては関わりたくないタイプである。
最近、その人の父親がまさに「寝たきり状態」になったので、誰もが老いて不自由になる可能性に気付き、少しでも変わってくれるといいのだが…最近も「もう元に戻るのは無理だと思うんで、母親には早く諦めて欲しいんですよねー」とか言ってたので望みは薄そうだ。

事務のお姉さんにせよ、職場の人にせよ、本当はこういうタイプこそがケガをすれば、今まで見ていた世界が変わってUD精神が広まるだろうに、なぜそんなの今更な私がケガをするのであろうか。
腑に落ちん。

反面、とても狭いがめちゃめちゃ美味しいお寿司屋さんに片松葉で行った時、狭いので本当は入り口付近に座りたかったのだが、大将から「すいません、奥に行ってもらえますか」と言われ、ものすごく苦労して奥に行き、ものすごく苦労して出て来たこともあった。
また、今回書いたように、二階にある行きつけの美容室に行けなかったこともある。

これは店の構造上仕方がないと思う。
乙武さん問題ではないが、身体が不自由な状態であっても、誰にでもお店に「行く権利」はあるけれど、物理的、または人的にどうしても不可能ということはあるので、そこはどうしたって我慢したり諦めたりしなければならない時もある。

ただ、これから先のことを思えば、世界には色々な人がいるんだから、誰でも一緒に楽しめるように、できる限りの努力はしていきたいよね、というポジティヴ思考は持ちたいと思う。
老いた親や、病気の後遺症の残った配偶者や、障害のある子が産まれてから、街に出て初めて自分が弱者になったことに気付き、その時にはもう弱者ゆえに誰にも声が届かなくなる社会など、哀しいではないか。

ここはもともとアニメの感想をダラダラと書いている(しかもそれもサボりまくっているが)ブログなので、こうして骨折のことを書いても、「つまんねぇ」と読み飛ばしている人も多いと思う。
アニメのことを書くと一言投票所にコメントがつくが、骨折のことについてはほとんど反応がないのがその証拠だろう。
(もちろん、コメントそのものは大変ありがたく、かつ楽しませてもらっております)

だがもしわずかでも読んでくれている人がいるのなら、ちょっとでもUDや共生社会に目を向けてくれると嬉しく思う。
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