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第五中足骨骨折の右足、1/3荷重へ(受傷後52日目・術後44日目)

手術後6週間が経ち、6回目の診察の日がきた。
正月気分はとうに抜け、1月も終わりが見えてきた頃である。
天気予報は週末が終わると東京にも雪が降る、しかもかなり降りそうだと警告を始めていた。

いつものように松葉杖を突いてよちよちと病院に向かったが、オカルト現象の通り、右足は「もう地面に足をついてもいいよ!」と言っているように軽かった。
そのため、いつもは小さなショルダーを持っていくのだが、この日はリュックを背負った。
右足用のスニーカーを入れるためである。
もしかしたらギプスシーネが外れ、帰りは靴を履いて帰ってこられるかもしれないと思ったからだ。

整形の客より風邪の客が多い待合室では、いい席に歩行には不自由のなさそうなおっさんが座っていたので、譲ってはもらえなかった。
奥が空いていると声をかけてくれるおばさんはいたが、松葉杖で狭い奥に行くのはやはり怖くてできなかったので断り、立ったまま順番を待った。

診察室に入ると、まずは職場からもう一か月休暇をもらえることを伝えた。
それを聞くと先生は喜んでくれ、「よかったね、だったら安心してリハビリできると思うよ。今日のレントゲン次第で歩けるからね」と言われた。

その後ギプスシーネを外して傷の様子を診てもらい、レントゲンを撮った。
まだ隙間は空いているものの、素人目にも隙間に白いもやもやができているのがわかった。

「うん、いいね。大丈夫。じゃあ、ギプスシーネは取ろうか」

やった!
右足が言うように思った通り、ようやくギプスシーネを取る許可が出た。
足を地面についてみるよう言われ、痛みがないことも確認した。
そしてついに、私が常々思っていた通りの言葉が告げられた。

「うん、じゃあ、1/3荷重から始めようか。いけそうなら片松葉でもいいよ。転ばないようにだけ気を付けて、もうどんどん歩いていいからね」

そう、案の定「リハビリをすっ飛ばして歩いてよい」と言われたのである。

そしてこう言われると、私ももう今更リハビリをやりたいなどとは思わない。
何よりかにより歩きたい。
今はとにかく「人間らしく」立って歩きたかった。

「また1週間後に診察しようか。そこでよければ1/2荷重、2月には松葉杖なしで全荷重でいこう。今日は靴持ってきた?」
「持ってきました」

いい年こいたババァであるからシンデレラとはいかないが、スニーカーのひもを解いてぐいと広げ、傷に当たらないように履いてみる。
思った以上に固まった足首が、人間の足があるべき形を取り戻し、2か月半も足をつくことができなかった足底が、久々に正しい状態で地面にしっかりとつかれた。

ついた!足がついた!!

この時の感激は言いようがない。
傷ついた右足がようやく、本当にようやく還ってきた。
足首が固くなった違和感はあるが、痛みなど微塵もない。
不安なことも、力が入らないことも全くない。

喜びに打ち震えるとはこのことである。
骨折をした人ならこの喜び、わかってもらえるだろう。
痛みはあっても目に見えて治っていく怪我でも、鼻水や咳が止まる風邪でもなく、「歩ける」とか「動かせる」ことが喜びとなるのは、長く可動制限のかかる骨折ならではであろう。

その後、私はギプスシューズをリュックにしまった。
そして手術をしてからずっと相棒だったギプスシーネは、「これは処分しておくね」と先生が引き取ってくれた。
今思えば持って帰ってくればよかったが、その時はスニーカーを履いて軽くなった右足が嬉しくてほいほいと渡してしまったのが悔やまれる。

まだ両手で松葉杖はついていたが、待合室に戻った私は両足を地面についている。
1/3荷重というのがどれくらい力をかけていいのかわからないので、歩いているのはほとんど左足なのだが、それでも踵歩きなどとは比べ物にならない安定感である。

診察代を払い、診断書を受け取る間も有頂天である。
いつ来てもこの待合室で一番の重症者だった私が、松葉杖はついているとはいえスニーカーを履き、普通に立っている。そして歩いている。

この日、踵を上げてよちよちと歩いてきた道を、スニーカーを履き、一歩一歩踏みしめながら帰った。
家に着くとさっそく家族に歩行許可が出たことを伝え、皆、一様に喜んでくれた。
さらに車を出してくれるというので、久々に実家に帰ってゆっくり過ごした。

ちなみに家族はずっと、動けないのだから帰って来いと言ってくれていたのだが、私の「一人でよい」という意思を尊重してくれていた。
本当にありがたいことである。

家の中では片松葉で歩き、トイレにもプッシュアップではなく立って行けるのは嬉しい。
お茶も立ったまま入れられるし、自分で運ぶことができる(立つことはできても運ぶことができなかったのでこれは嬉しい!)

何より、サポーターをしてもカサカサになっていた膝を、これ以上酷使する必要はない。
陸に上がった哀れなアザラシから、急に原始的なサルに進化した感じ。
まだ完全な二足歩行はできないが、もうじき進化して立つぞ!歩くぞ!というところまできたということだ。

足首は固いが、力は入るのでふらついたりすることはない。
さすがに階段はチャレンジできないが、風呂に入るのも片松葉が可能になれば非常に楽になった。
家族にはコンビニにも行こうと言われたが、さすがにまだ家を出るのは勇気がいるので、もうちょっと自信がついたらと断った。
そして診断書とワードで打った手紙を職場に郵送してもらった。

正月以来、長く会えなかった犬や猫にも囲まれ、もふもふした幸せな時間を過ごせたが、今回は長くはいられない。
なぜなら雲行きが怪しいからである。
雪の予報はますます深刻になり、どうやらかなりの大雪に見舞われそうだということになってきた。

雪が降れば、まだ松葉杖がなくては歩けない自分は、外を歩くことはかなり困難になる。
たとえ車で移動しても、わずかであれ雪の残る地面を歩くことになるため危険だ。
しかも実家は玄関に段差があり、今でも松葉杖で昇降するのは慎重さが求められる。
加えて北向きであるため、我が家の玄関やその前の道路は、例年雪が降ると雪融けまで1か月以上かかることもざらである。

従って雪が降るとなれば、「雪が融けにくい実家にいて、1週間以上閉じ込められる」か、「雪が融けやすい地区の我が家に帰り、早めに歩行訓練をする」かを選ぶことになり、私は当然後者を選んだ。
休みが一か月伸びたとはいえ、万全な状態で仕事に復帰しなければならない身としては、一刻も早く歩行訓練をしたかったのだ。

雪が降る前夜、再び車を出してもらって家に帰った。
そしてそれからさほど経たない夜半から、雪がしんしんと降り始めた。
予報通り容赦のない大雪が襲い、ご存知の通り雪に弱過ぎる東京はいつもながらの大騒ぎとなったのである。
12:37 | 第五中足骨骨折 | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
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