FC2ブログ

自信がない時の地震(受傷後48日目・術後40日目)

5週目を過ぎてもギプスシーネが外れず、アザラシ生活が続くことになり、受傷当時は「手術するんだからすぐくっつくだろう」と楽観的だった私も、さすがに不安感に包まれるようになった。

何か問題があるなら自分でも「まだ無理だな」とわかるのだが、手術してからはほとんど痛みがなく、むくみも日々解消していくのだから、逆に「これでなぜ治らないのか」という疑惑が不安に変化してしまうのだ。

ましてや2月から仕事に戻るなど、床を這いずっているこの状態では怖くて無理である。
体力的にも自信がないし、かかとしかつけないのでは松葉杖で歩くレベルですらない。

真冬の寒さがしんしんと身に染みる頃、私も悶々と日々を過ごしていた。

物資については2回目のネットスーパー利用や、立ち寄ってくれた家族に頼んで潤沢だったが、この時期、それよりも怖いものがあった。
東京にいる人なら覚えていることと思うが、年始、2回ほどやや大きめの地震があったのだ。

確か1月5日と6日だったと思う。
特に5日は久しぶりにあの恐怖の警報が鳴ったのでぞっとした。
結果的には全く大したことはなかったのだが、いつもと違うのは何しろ「何かあってもすぐには逃げられない」ということである。

これには参った。

もちろん車椅子や寝たきりの人に比べればいざという時は動けるだろうが、パニくる人たちが駆け降りる非常階段で、座ったまま一段ずつ降りる、または手すりを使ってそろそろと降りるなど、到底不可能に思えた。

ああ、今地震や火事で外に避難しなければならなくなっても、今の私は諦めるしかないと覚悟を決めるしかなかった。
少なくとも救助が来るまで籠城するなら、食べ物はともかく水は確保しなければならないなぁとぼんやり考えたりもした。

しかも、周囲に私が怪我をして動けないと知っている人はいない。

いや、まぁ実際にはマンションの管理会社の清掃の人たちは顔見知りなので、私がギプスシーネと松葉杖で歩いている姿を見、びっくりして事情を聞いてくれたりはした。
あと同じフロアにも、入居当時からなぜか私を気にかけてくださる方が何人かおり、骨折した姿に驚かれたりはしたのだが、無論、図々しく甘えられるような関係ではない。
(私は割と近寄りがたい容姿や雰囲気をしているらしく、基本的に人からは敬遠されがちなのだが、なぜか逆に妙に親しみを持ってくれる人もいるのが、昔から非常に不思議である)

家族に連絡が取れるならよいが、その手段すら断絶した最悪の事態を思うと、つくづく、人間は一人では何もできないと思い知る。
逆に、そういう非常時に自分が五体満足なら、困っている人を助けなければならないとも思い知る。

もとより私はそうした弱い立場の人々を日々相手にしているのだが、自らが弱者になって初めて、本当に助け合いの大切さを理解できるとは愚かしい。
今後はこの経験を活かし、教訓として努々忘れないようにしたいと思う。

とにかく、この1週間は今思い出しても地獄であった。
怪我をしたこと、手術したのにがっちりとは留められなかったこと、12月の過ごし方、骨の隙間が埋まらないこと…ぐるぐると後悔や疑念や苛立ちや怒りや不安が渦巻き、怪我をしてから最も精神的に悪い状態だったと思う。

とはいえ、物が食べられなくなるとか眠れなくなるとか、そんなヤワな精神は持ち合わせていないので、悩んだ後に「ポプテピピック」を見て「やべぇ、すげークソアニメだ!」と爆笑したり、5年間完全無課金で続けているソシャゲをさくっとクリアしたりしていた。

だが反面、次の診察が近づく頃、足の状態が少し変わったような気もした。
それまでは傷めた右足自身が「絶対絶対足をついちゃダメ!」と警告しているような気がしていたのだが、この1週間が終わる頃には「そろそろちょっとだけならイケそう」と合図してきた気がしたのだ。

自分の足と話す人…なんというオカルト!!

けれどこの私のオカルトな予感は正しかった。
そして今度こそ本当の本当に、待ちに待った回復へと向かっていくのである。

Comment

非公開コメント

Visitor&Resident
最近の記事
最新コメント
カレンダー
11 | 2019/12 | 01
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
ブログ内検索
リンク