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まさかの延長(受傷45日目・術後37日目)

第五中足骨の手術後、5回目の診察日である。
この日もよちよちと歩いて診察に向かい、レントゲンを撮り、診察が開始された。

絶望的なまでの隙間は、相も変わらずがっつり開いたままである。
私も一生懸命目を凝らして間に白いもやもやが確認できないか探したが、素人目には先週と変わったようには見えなかった。

先生もさすがにちょっと考え込むような様子だった。

「仕事、いつからだっけ」
「2月の予定です」
「そっかぁ…うーん…」

それでもこの状態がいいのか悪いのか説明はない。
私も相変わらず聞くことができない。

「まぁ2月なら…来週から荷重かなぁ…」

なんとも歯切れの悪い、思わしくなさそうな口調である。

「ホントはもう少し休めるといいんだけど、無理だよね」




ガーン。




説明がないままではあるが、ここまでくればバカな私でもわかる。
そう、つまり「休めるなら休んだ方がいい」状態だということだ。

思ったように治っていない。
それがはっきりとした瞬間である。

確かに、手術をした担当医だって「1か月で荷重開始」と言っていたのだから、1か月どころか5週間を過ぎた今は、もうとっくに荷重が始まっていていいはずなのだ。
なのに明らかに「まだ荷重が始められない状態」だということだ。

休みを延ばせないかと言われたことより、状況が非常に悪いという事が何より衝撃であった。
ぶっちゃけ、私などいてもいなくても同じ職場なので、休みを延ばすことはできるだろうと思う。
しかしそんなことよりショックなのは、「治ってない」または「治りが非常に悪い」という事実が突き付けられたことである。

「職場に連絡してみます。大丈夫だと思いますが、次回返事を聞いてきます。」
「あ、そう?なら診断書書くよ。その方がいいと思うよ」

いやいや、もうここまで読んでくれた人はなら、「つーか、いい加減自分の状態を医者に聞けよ!」と思っているのは重々わかる。
私だってこれが他人の書いたものだったら、「あー、イライラすんなーコイツ。うじうじ思い悩むならスパッと聞けよ!」と思うだろう。

しかしここまで来ても聞けないのだ。
というか、先に行ってしまうと最後まで症状については一言も聞けなかった。
聞くべきことはわかっているのに、ひとつも問い質せなかった。
小心者、根性なし、口先野郎と笑ってくれてかまわないが、性格的に無理である。
よくわかってはいるが無理である。

なお、この日は手術痕にできていた大きなかさぶたをメリメリと剥がされて仰天した。
何しろいきなりピンセットでバリっと剥がされたのである。
ギャッと騒ぐほどの痛みはなかったが、それなりにピリッとする痛みはあり、じわっと血が滲んだので久々にガーゼを当てられた。

「傷はもっと綺麗になっていくからね。お風呂はいつも通り入っていいよ」

かさぶたが剥がれると、再生されたピンク色の生々しい皮膚が醜く盛り上がっているので、このまま痕になるのではと心配になるが、先生の言う通り、この後どんどん綺麗になっていった。
そしてまたしてもがっちりとギプスシーネを装着され、安静第一が続くことになった。

あのがっつり開いた隙間だもんねー、リハビリとか荷重訓練なんか到底無理だよねー、ははは…と自嘲気味に家に帰り、嘆息するしかない。
このアザラシのような生活は一体いつまで続くのか。
もはや先の見えないトンネル状態であった。

職場に電話を入れ、そろそろ埋まり始めるはずの骨と骨の隙間が、全く埋まっていない状況を説明する。
もう1か月休みを延ばすことについては、予想通り問題なかった。
いや、まぁ、上司的には問題ないだけで、口が悪く民度の低い同僚たちは恐らく怒髪天を衝いているだろう。

が、もはやそんなことは知ったことではない。

私にとっては仕事やオーバーワークになってしまう同僚より、私自身の身の方が百倍も千倍も万倍も大切だからである。
怪我をしたばかりの頃の、同僚への申し訳なさや謙虚さなど、お空の彼方に吹っ飛んでいた。

もはや怪我をして世間から隔絶されている自分をいかに社会復帰させるか、それしか考えていない。
自分中心でないと療養などやっていられないし、そもそも療養にならない。

既に先週の診察以来、「本当に治るのだろうか」という不安と焦りで暗黒に染まり始めていたが、今週はいよいよ闇が濃くなり、ついに真っ暗になってしまった。
骨折ブログを書き始めた12月には、1月の今頃はもうさすがに歩行訓練を始めているだろうと思っていたのだが、予想に反して歩くどころかギプスシーネすら外れていない。

自分は先が全く見えない状態の中にいるのに、書き始めてしまった手前、ちょうどこの頃は入院や手術や退院した直後あたりのブログを書いていた。
しかし意気揚々としていたその頃とは違い、その先に待つ「現在」という「未来」がわかるだけに、ブログを書くのもなかなかのストレスであった。

この「暗黒の2週間」は、怪我をしてから最も暗く陰鬱な期間として、治癒までの道に立ちはだかることになった。

2018/02/20 23:53 |第五中足骨骨折COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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