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もやもや1週間(受傷43日目・術後35日目)

先日、ネットスーパーの利用について「イトーヨーカドーにすればよかった」と書いてしまったので、なんだか西友がダメだったような感じになってしまったが、そんなことはない。
ホウレンソウやピーマンなど、生鮮食料品のみずみずしさと品の良さは予想以上で、イマイチ目利きのできない自分が選ぶよりずっとよい野菜を食べることができた。
肉類も質がよく、量に比して価格もお手頃でとてもお買い得だったと思う。

結果的には合計2回の利用だったが、もし次回利用することがあったら、なんだかんだでまた西友を選んでしまう気がする。
徒歩で大きなカートを運んできてくれる配達人さんが、テキパキしていてとても感じがよかったのもある。

しかし正直なところ、ネットスーパーを使わなければならない状況にはもう二度となりたくない。
自分の足でスーパーに行き、自分の眼で品物を選び、自分の手でお会計することこそが真の幸せである。

成人式の振袖事件に沸いた(?)三連休を挟み、正月気分はすっかり抜けたものの、私の骨折は相変わらず進展はなかった。
2月から仕事に戻ることになっているのに、1月も1/3が過ぎようとしている現在、歩くどころか立つこともできず、片松葉にすらならず、陸に上がったアザラシのようにのたのたと床を這いずりまわるばかり。

いつものようにアニメの新番組シーズンが始まったが、時間があるので視聴に追われることはなく、おかげで気は紛れたものの、かといってブログを更新することもままならない。
なぜならブログを書こうとすれば椅子に座らなければならず、足を下にしたままにしておくと血流が滞ってむくみが悪化するのである。

結局、床に転がって録画を見るか、ベッドでまさに「安静」にするかのどちらかしかない。
もうすでに1か月以上前だというのに、入院していた時と何が変わったというのか。
リハビリがないので、とにかく自分の状態が回復期のどのあたりなのか全くわからないし、治っているという実感がない。
ただ、一日中好きなだけ風呂に入ることができたので、それによってむくみが改善していくことだけが「きっと治っている…はずだ」と思える光であった。

一体なぜこんなに治りが悪いのか…
ここで浮上してきたのが、12月の「術後の過ごし方」である。

(1)ギプスシーネを24時間完全にははめていなかった。
(2)患部は持ち上げていたとはいえ、勝手な判断で外出した。
(3)ましてや踵歩きとはいえ、片松葉で重い荷物を持って歩いた。
(4)同じく踵歩きとはいえ、洗濯や炊事などを立って行った。
(5)仕事が休みだからとついつい夜ふかしをして、生活リズムが狂った。

自分の行動を思い出せば出すほどに、すべてが悪行のように思え、それが傷の治癒を遅らせているのではないかと不安になる。
あの思い出したくもない骨と骨の間に開いた隙間…あれがちっとも埋まらないのは、バカな12月の自分のせいではないのか…

(1)のギプスシーネについては、完全に外してしまっていたのは4日間程度で、それ以降はほぼほぼ装着していたのだが、折れて離れている骨が動かないよう、もっときっちりと留めておけばよかったかもしれない。

(2)~(4)については、既にブログにも記した通り、当時は「3週間で歩けるようになるんだからもうやれてないと」と思い、無理をしたことは否めない。
立位の時はギプスシーネで固定し、もちろん踵歩き、さらに家の中でも松葉杖を使っていたので、そこまで無理をしたとは思えないが、「自分には何でもできる」と思い込みたくて、シーツや布団カバーまで洗い、よたよたと抱えながらベランダに干しに出たりもした。

これらの過去の所業がよくなかったのではと思った1月以降は、洗濯をしても干すのは風呂場の低いところだし、料理は膝立ちのみでできることしかしなかったし、掃除は全てロボット任せだった。
むしろ12月より1月の方がADLもQOLも低下したといっていいかもしれない。

本当に陸に上がったアザラシのようであった。
いや、風呂に入る時だけは元気になっていたから、名実ともにアザラシである。

しかし、傷の回復を一番遅らせたのは、(5)ではないかと考えている。
こうして骨折のような傷を負ってみると、傷を治すには食事や安静ももちろん大切だが、細胞や血管の再生を促すために、一番重要なものは、「睡眠」であると思い知る。

昔から、子供の頃に身長が伸びなかった人や、若いのに記憶力が保持できない人も、良質な睡眠を摂っていないからだろうと思っていたが、やはり動物の体には睡眠は不可欠なものなのだろう。
しかも、恐らくただダラダラ眠るとか、昼夜逆転して昼間寝ているとかではダメなのだろう。
あくまでも夜、適度な長さの「良質な」睡眠が大事なのではないか。
何より、傷を治すには規則正しい生活をし、バランスの良い栄養を摂り、適度に動き、よく眠ることが大切だとつくづく思う。

そう、退屈だと言われる病院での生活こそが、傷を癒やす最善のリズムなのだ。
傷を治すために入院するのだから、ちょっと考えれば当たり前である。

自分の怠惰な性格が傷の治りを遅らせたのだったら自業自得であるが、そう言えるのは今これを書いている自分が既に回復終期にあるからで、この頃の自分は先が見えず、あれが悪かったんじゃないか、これが悪かったんじゃないかと悶々としていた。

また、他の人の手術同様、抜去を前提としてガッチリとプレートとボルトで留めてくれれば骨と骨の隙間がこんなに開いたままになることはなかったんじゃないかと思ったりした。
とはいえ、手術の説明を受けた時に、「抜去でかまわないので、がっちり止めてください」などと言えたであろうか。
今ならもちろんはっきりとそう言えるが、その時は「入院して手術が必要」というだけでも情報過多なのに、先のことまで考えることはできなかった。

そして「じゃあ次ははっきり言おう!」などとは、死んでも思わないのである。
なぜなら骨折など二度としたくないし、絶対にしてはならない怪我だと今更ながら思い知ったからである。
年を取ってからも変形性膝関節症や股関節症にはなりたくないし、ましてや大腿骨頚部など絶対に骨折してはならない。
本当にこりごりである。無論、骨折だけでなくなんにせよ怪我はしてはならない。

しかし時は無情で、色々と思い悩む間に、既に手術後5週目に突入していた。
12月の過ごし方が1月現在に響いているのではないか…そんな考えに取りつかれ、一向に治らない骨折に不安を感じながら、何もできなかった。

早い人はもうとっくに松葉杖なしですいすい歩いている時期である。
遅い人でも間違いなくリハビリに励んでいる時期である。

なのに私はアザラシのようにのたくっているだけだ。
痛みはないのに動かすこともできず、忌々しいギプスシーネで固めていなければならない。

不安感と焦燥が強くなりつつも、次の診察ではさすがに固定は取れるだろう…そう考えて過ごすしかない。
しかし、その期待は裏切られ、状況はさらに悪くなるのだった。
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