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スーパーまで歩いてみよう(受傷24日目・術後16日)

さて、右第五中足骨の手術を受けてから3回目の受診日は、病院が年末年始の休日に入るため、2017年内ではこれが最後となる。
2016年は稀にみるひどい年で、2017年も荒波ながら、その挽回も兼ねてそれなりに頑張ってきたのだが、最後の最後に罠が待っていた。
おかげで後に思い出すとき、恐らく「2016年と2017年はひどかった」と思う事間違いない。

2018年は本当にいい年にしたい。
心からいい年にしたい。
いい加減サイクル的にもいい年が回ってきてもいいじゃないか。

いつも通りよちよちと診察に出かけ、傷を目視し、レントゲンを撮る。
骨の隙間は見た限り変わりはない。白いもやもやも確認できない。
先生も「う~~~~~~ん」と唸っている。

「まぁ…いいでしょう。手術後2週間か…うん、いいよね」

またしても何がいいのかわからない「いいね」が出た。
私がレントゲンを見つめて何も言わないので、先生はもう一度「うん、まぁ、いいよ」と言う。

私もここで「くっつきが悪いですか」とか「手術した割には隙間がありますね」というような質問をすればよかったのだが(仮骨や架橋ができているかなどという知ったかぶりはせずに)、なんとなく聞きそびれてしまい、絶望的な骨の隙間を見つめていたので、先生は意を決したようにもう一度言った。

「まぁまぁ、いいでしょう。シーネは年始に外そうか。年末年始ははめておいた方がいいよ。風呂に入る時とかは外していいから」
「わかりました」
「年始は4日からだから、そうね、なるべく早めに見せに来てね」

私は見た目や性格的に、医師にズバズバ質問しそうと思われるのだが、ものすごく遠慮してしまうのでほとんど質問することができない。
的外れなことを聞いたり、生半可な知識であれこれ尋ねてうざったがられるのが嫌というのもある。

医師にはきちんと説明を求めましょうと簡単に言う人がいるが、まずは医師に「患者にはきちんとわかりやすい説明をしましょう」と教育して欲しい。
その土壌が出来てもいないのに、患者が質問すると、おざなりな答えや面倒くさそうな返事しかしない医師が非常に多いではないか。
薬漬けのじじばばで潤っている町医者は、特にそういう不遜な医者が多い。
全部とは言わないが、これ、結構同意してもらえると思う。

とはいえ、今かかっている整形外科の先生や手術をした先生が権威主義でプライドの高いタイプかというとそんなことは全くない。
むしろ非常にやさしいし、多分私が質問すればきちんと答えてくれると思う。

ただ私が瞬発的に質問できないだけである。
あらかじめ聞くことを準備していれば聞けるのだが、瞬間的に判断して「いい質問」ができないのは、学生時代からのコンプレックスでもあった。
的確に、内容にふさわしい「いい質問」が出来る人を見るたびに、「おお、すげぇ」と尊敬の念を抱いたものだ。

ぶっちゃけ、あまり頭がよくないのであろう。
スペックについては残念だが仕方がない。
しかも、「異世界に(スマホを持って)行けば俺だって!」とも思わない。
舞台を変えたところで所詮モブはモブである。
異世界とやらで変な死に方をするくらいなら、不十分とはいえ医療や福祉が整備されている現実で生きる方が良い。

そんなこんなで何一つ問い質せないまま、年内最後の診察は終了した。
術後2週間ではこんなものかもしれないが、今が年末年始でなければ、術後23日経過する来週金曜日で、「松葉杖卒業」が言い渡されてもおかしくないはずなのだ。

この1週間で松葉杖が取れる(はず)!
自分の状態がそこまでなら、既に踵歩きとはいえかなり機動力は上がっていなければならないではないか。
やはり本日のスーパーで買い物作戦は決行すべきだろう。

病院を出ていつもの帰り道を戻り、一度家に戻って松葉杖を一本置いた。
もちろん歩くには両松葉がいいのだが、カートを持ったり支払いをしたりするのに片手が使えないとどんなアクシデントがあるかわからないので、仕方なく片松葉にする。

しかしこれは本当はやってはいけない。
多くの人は「子供を抱っこしなければいけない」「仕事をしなければいけない」「日々の買い物をしなければいけない」など、「いけない」を理由に必要に応じて医師の言う時期より早く勝手に片松葉にしてしまうが、片松葉の許可が出る時が必ず来るので、それまでは絶対に無理をしない方がいい。

片松葉はどんなに健足側の腕(片松葉を突くのは健足)に力を入れても、どうしても1/3、または1/2荷重になってしまう。
だからこそ許可の出る時期があるのであり、それまでは出来る限り荷重を抑える両松葉で、と指示されるのだ。
くれぐれも勝手に片松葉にしてはいけない。

さて、勝手に片松葉にした無知で不届きな私は、リュックサックを背負ってスーパーへと歩き始めた。
距離的には整形外科と変わらない。むしろ横断歩道がないだけ気持ち的には近い。
今日は年末で混んでいたこともあり、リハ室からPTが呼ばれてギプスシーネと包帯を巻いてもらった。
おかげで足首がきっちりと固定されており、歩きやすい。
それでも大通りに出るくらいまで歩くと、持ち上げている足首が疲れてくる。

大通りは平日の朝とはいえ、さすがに人通りが多い。
人にぶつかったり、松葉杖を蹴られたりしないように、歩く場所を慎重に歩く。
歩くことにも神経を使うが、全く気を使わない人に、こちらが気を使わなければならないのでくたくたになる。

ようやくスーパーの入り口にたどり着き、かごをカートに入れる。
カートは軽いので、片松葉で歩きながらちょいちょいと押していく。
ただ店内は品物の入ったカーゴや段ボールなどが通路を塞いでおり、さらには立ち止まって品定めをしている人がいるので、なかなかサクサクと進むことはできない。
品物を並べている店員がいて手が届かないので、その店員に取ってもらったりしながら、買い物を終え、レジに並ぶ。

ところがここで事件が勃発した。
診察でお金を払ったため、思った以上に財布の金が減っていて、数百円足りないのだ。
いつもなら定期入れの中に予備の金を入れているのだが、現在は休職中で出勤していないため、かばんに定期入れが入っていない。
品物を減らしたりすることも考えたが、今の状態では気軽に何度も買いには来られない。
そこでレジのお姉さんに、すぐに金を取ってくると伝え、品物を置いておいてもらうことにした。

一度で用事が済むように万全の準備をしたつもりだったのに、肝心の金が入っていないとは。
情けない思いで家まで帰り、ついでにリュックサックももう一回り大きいものに変えた。
思ったより買い物をしたので、リュックが小さすぎて品物が入らないと思ったためだ。

片松葉というあまりよろしくない状態で2往復することになり、この日の疲労度はハンパなかった。
結果的にはリュックを大きくしてもギリギリの状態だったので、最初のリュックだったら金は払えても品物が持ち帰れないという、結局は2往復する必要があったかもしれない。
なのでそれはいいのだが、ずしりと重い荷物は体重にプラスされ、足にかかる重量となるから、患足にかかる負荷を思うとやはり無茶だったと思う。

本能的に「これはヤバい」と思ったのだろうか。
私が片松葉の許可が出る前に病院以外の外出や買い物をしたのはこの時が最後である。
先日の郵便局の時同様、痛みや違和感が出たわけではない。
しかし背中に感じた重みや、患足にかかる負担を自分自身で体感して、「やはり骨がきちんとできるまでは安静にした方がいい」と納得したような感じである。

なお、家に帰ってからやることが二つあった。
それは12月25日に予約していた定期健診と、1月25日に受けるはずだった人間ドックをそれぞれ変更することだった。
怪我をしてすぐ、12月25日の定期検診に行けるかどうか計ってきたのだが、片松葉の許可も出ていないのでここで「無理だな」と判断した。

一か月先にするか2か月先にするかは迷ったが、杖なしで行ける時期がいいと思い、2か月延ばした。
人間ドックは1か月先でもよかったが、2月に仕事復帰ができるかどうかがまだわからなかったので、同じく2か月先に延ばした。

幸い、私の場合は通院予約を変えるくらいで済んだが、四つん這いで不自由な生活を続けながら、他の持病についても薬を取りにいかねばと心配したり、歯痛や風邪のような突発事項に悩まされたりするのは大変なことだと思う。
ましてや配偶者や子供が熱を出したり、重ねてケガをしたりしたら、自分の体もままならないのに気分はどん底であろう。

骨折でもこれなのだ。
重病や難病になった時の生活の激変やメンタルを思うとぞっとする。
運悪く後遺症や不具合に悩む人もいるけれど、骨折は時間をかければ治るものだ。
安静と言われたらきちんと安静を守り、自分の治癒力を信じて骨を形作るまで無理をしないことが大事である。

体力的・精神的には疲れたものの、自分が欲しいものを欲しいだけ買い込むことができ、万全の状態でソシャゲのイベントに挑むことができるので、私自身は満足感でいっぱいであった。
この日の夕方から月曜日の夕方までのまる4日間、ひたすらにイベントをこなすマラソン開始。



え?
クリスマス?
何それおいしいの?

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