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久々の入院(受傷7日目)

受傷7日目にして、この日はいよいよ入院である。
11時の約束なので、家族に車を出してもらい、支度をして病院に向かう。
紛失したら嫌なので、ネックレスやピアスなどいつも身に着けているものは、眼鏡以外あらかじめすべて外した。
家の中ではいざりか膝立ち移動が基本で松葉杖は使わないので、受診日以来の松葉杖歩行だったが、病院の待合室で座るまでにすでにくたくたである。

初診日に比べ、時間は同じくらいなのに病院自体が混んでいたため、どこに移動するにも下手糞な松葉杖を引っかけそうで怖い。
再診窓口で診察券と保険証を出したあと、入院窓口に移動して、記入してきた書類を提出し、保証金を支払った。
手続きを終え、病室のある2階に上がってナースステーションに声をかけるよう言われる。
もちろん病院の車いすを貸してくれることなどもなく、終わったらポイである。
ナースステーションで名乗ると、看護師が部屋に案内してくれた。
病棟の入院者の担当科は主に整形外科となっており、脳神経外科という名札も見える。

さほど広い病院ではないので、ワゴンや車いすが廊下に煩雑に出されている。
ガートルを持ってヨタヨタと歩く入院患者などがいるので、慣れない松葉杖で歩くのはとても危なかった。
病室は廊下の中ほどにある208号室で、私のベッドは廊下側であった。

レンタル一式も持ってきてくれたが、Mサイズのペラペラのパジャマとクリニカの歯ブラシセット、ちゃんリンシャン(古)のリンスインシャンプーと植物物語のボディソープ、それにゴワゴワのバスタオルとフェイスタオルが一枚ずつ。
痩せているせいか、入浴施設などでもいつもMサイズを渡されるのだが、そもそもかなり身長があるので骨格が大きく、普通より肩幅も腕も足も長い(別に自慢ではない。150~160㎝代の人との比率の問題である)のだからLでないと困る。

だがこの時は結局、替えてくれと言い出せなかった。
たとえ来たばかりでもはっきりと意思表示できる人がうらやましい。

家族はコンビニで大きいペットボトルのお茶などを買ってきてくれた。
しかしテレビカードを使わない予定だったので、自然冷蔵庫も使えない。
テレビはスマホで見た。
スマホといっても、私の端末は携帯機能がないのでLTEが使えず、Wi-Fiもない病院だったので、4日間ネットは使えない。
1週間以上入院するならWi-Fiのレンタルも考えたが、4日目には帰るのだから我慢すればいいと判断した。

家族が帰ると昼食になった。
最初の昼食はハヤシライスとポテトサラダ、フルーツヨーグルトだった。
思ったよりもおいしい。
病院で食べるのは、手術日の夕食が食べられるかどうか次第だが、合計7食になるはずだ。
これなら残り6食も期待できるので楽しみだ。

食後は担当看護師が来て、パソコンに住所や氏名、生年月日などのデータを入れていく。
この時の担当看護師はすらっとした美人で、事務はてきぱき、質疑応答もはきはきしていて素晴らしかった。
ギプスシーネについて、「踵部分が痛むので、自分でハンカチをかませている」と伝え、「手術の際に外したら、忘れずに返して欲しい」とお願いすると、気持ちよく了解してくれた。

「手術後、問題がなければ予定通り明々後日退院です」と日程も確認された。
ケガをした日時、状況、その後の受診の流れなども記録し、情報を基に作成された「看護計画書」にサインをした。
「転倒防止に努め、歩行の保安に留意する」とか「術後および安静時の安楽を保つ」などと書かれていた。

また、「痛みは徐々に緩和していくことを説明する」「鎮痛剤の使用を希望する場合は、担当医に相談する」と当たり前のことが書かれているのもおかしかった。
骨折ブログには往々にして「術後の耐えがたい激烈な痛み」について書かれていたので、私もそこは覚悟を決め、どんなものだろうと待ち構えていたからである。

痛みと言えばこの後、術後の夜から飲み始めるようにとロキソニンとレバミピドを渡された。
さてさて、どれほどの痛みなのであろうか。

明日の手術に備えて、今日は20時以降は食事抜き、明日の朝6時以降は飲料も抜きと説明される。
代わりに脱水症状を防ぐため点滴を入れるが、手術時間は当日決まるとのこと。
その時間によっては、夕食が食べられるかどうかわからないと言われた。

また、手術の日に家族が来るかと聞かれたが、来ないと答えた。
時間が不明だし、全身麻酔とはいえ命にかかわる手術でもないし、家族には来なくていいと言ってある。
すると「手術後の説明があるので、高齢の方などは家族に来てもらっているが、あなたは自分で聞けるので大丈夫だろう。」と言われた。
ですよねー
最後に患者名やIDが書かれたリングを腕につけられ、これで完全に囚人ならぬ入院患者となった。

相変わらず傷を見ることもなく、改めてCTやレントゲンを取ることもなく、その後は時間だけが過ぎていく。
貴重品は貴重品ボックスに入れるよう言われ、ティッシュやコップなど必要なものを出してすぐに手が届くようにしておく。
着て来た服は床頭台の上に入れた。

トイレは病室を出て20メートルほど先にある。
車いす用ではないので狭いのだが、松葉杖の身には、手すりだけでなく壁にもすぐ手が届くので都合がいい。
洗面台は部屋の入り口付近に一つあり、共同で使う。

私が入ったので、208号室の4人部屋は一杯になった。
かつて入院していた時と違い、今は大部屋でもカーテンが引きっぱなしなので、同室の入院患者とは退院日まで話をすることはなかった。

私の足元には高齢女性Aさん。70代前半から半ばくらいだろうか。
漏れ聞こえてくる看護師との会話から推測すると、仙骨や踵に褥瘡ができているようだ。
バルーンカテーテルを入れているようで尿パックをぶら下げており、腰が痛い時は車椅子に乗車して過ごし、PTに連れられてリハビリにも出かけていた。

右隣は声が太くて大きい、はきはきした60代後半から70代の高齢女性Bさん。
補装具で腕を釣っているが、歩行は問題ないようだ。動けるのはうらやましい。
非常に賑やかな病床で、1時間と開けずに家族や友人が訪ねてきていつも人がいた。

その向かいは75歳(医師に年齢を聞かれて答えていたため)の女性Cさん。
私とあまり変わらない時期に、自転車に乗っていて車と衝突したのだとPTに説明していた。
歩行器を使って歩いているが、肋骨の痛みがあるらしく、さらにひどい胃痛に悩まされていて、食事がほとんど食べられていないようだった。

ほかに体幹装具を相手の保険で作る手続きについて事務員と話していた。
被害者である彼女の医療費はすべて相手の保険持ちだそうだが、彼女が胃が痛いと言って内科にかかったり、胃カメラを飲んだりするケガとは関係ない医療費も、「ケガをしなければ必要なかった」とか言って、相手持ちになるのかなぁと漠然と思った。

午後になると、病棟は騒がしくなってきた。
PTがあちこち飛び回り、リハビリが必要な人をリハビリルームへ連れていく。
入浴ができる人に看護師が声をかけたり、別の科にかかる人が車椅子で出かけていく。

私のところにはそれぞれ薬剤師と麻酔医が来た。
薬剤師からは既に昼頃もらっている痛み止めを出していること、私の持病に基づく禁忌の確認があった。
麻酔医からは「なんで怪我したの?」から始まり、全身麻酔をしたことがあるかということや、アレルギーなどはないか、不安に思うことはないかと確認された。
足が攣っていたことが怪我の原因と聞くと「芍薬甘草湯」を勧められ、では明日、ということで顔合わせは終了した。

気軽に移動ができるなら院内を探索したいところだが、足の骨折はそれができないので残念だ。
スマホが使えないため、とにかく暇だ。
テレビを見ても、この頃はちょうど貴ノ岩の暴行事件真っ盛りで目新しいこともない。
かといって音楽を聴く気にもなれないので、わさわさする病棟で人々の会話に耳を澄ませるくらいしかなく、退屈極まりない時間が過ぎていく。

暗くなってきた頃、夜勤の看護師が挨拶と共に検温に来る。
我々には普通だが、Aさんには幼児に話すような言葉遣いで話す小柄で細身の人だ。

18時になると夕食が来た。
タラの切り身とごはんとみそ汁、切り干し大根に、私が思う入院した時の食事と言えばの「小松菜のお浸し」である。
病院食の薄味を嫌がる人もいるが、私は基本薄味が好きなので全く問題ない。

夕食後に何か食べる習慣はないため、これにて手術終了まで食事は終了である。
20時に見舞客を返す放送が流れると、人がいなくなった病棟は静まり返った。
21時に消灯となったがさすがにすぐは眠れず、テレビを見たり音楽を聴いて過ごし、11時くらいには眠った。

相変わらず痛みもないし、体調は万全。
いよいよ明日は手術である。
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