FC2ブログ

手持無沙汰(受傷3日目~5日目)

「念のため痛み止め、出しましょうか?」
「そうですねー、うーん、まぁ、いいです」

入院&手術の説明をしてくれた外来の看護師さんにはそう断ったが、処方のロキソニンは貴重なのでもらっておけばよかった。
実際には痛みは気にするほどのものではなく、入院までは昼間はごろごろ、夜はぐーぐー良眠して過ごした。

何しろ実家なので食べ物や飲み物には困らない。
命に係わるわけでも、布団から一歩も動けないわけでもないので、家族も適度に放ったらかしである。
私は猫や犬に囲まれ(部屋が暖かいので犬猫が居座る)、もふもふ天国でテレビやアニメを見、ソシャゲのイベントをこなして過ごした。

まこと、ぐうたら生活である。
亡くなった父が激烈な通風発作で苦しんでいた時の方がよほど大変だったであろう。
(今時の痛風患者はコントロールできていて、痛みで歩けず、寝込むほど症状を悪化させることはないと思うが、父は東京女子医大を悩ませたほどの尿酸体質で、数か月痛い痛いと苦しむことがザラであった。しかもそのたびにコルヒチンのお世話になるので危なっかしかった)

全身麻酔は初めてだが、手術については特に心配も恐怖もなかった。
手術そのものより、手術直後に色々と制限があるだろうと予測できたので、それだけが嫌だった。
飲水、食事、トイレ…そういった煩わしい制限がめんどくせぇなと思っていた。

30数年前の入院では、局所麻酔で手術を受けたのだが、現在も治癒させることができない病気なので、術後はそれはそれはもう大変であった。
現在は術式も変わり、そんなことはないと聞いているが、治ることがなく、老化と共に進行するのだから、やはり根治できる病ではない。

それに比べたら、麻酔が覚めればなんでもできる手術など屁でもない。しかも骨は人の体の中で最も完治率の高い部位だ。
今は折れた骨がずれているので、下手なことをすると悪化しちゃうよ、という状態だから、無論、ヘタなことはできない。
そのため、むしろ「早く手術が終わって、『骨はもう大丈夫』って状態にならんかなー」と気楽に考えていた。

もともと血や痛みについてことさらに騒ぎ立てる方ではない上に、手術が怖くなかったのは、家族に骨折経験者がいるせいもある。
1人は不安定な場所で外果をひねり、1人は踏み台から落ちて、私とほぼ同じ場所である、第五中足骨を骨折した。
前者は単純な骨折(いわゆるヒビ)だったからギプス固定のみで完治し、後者は私同様、入院・手術を行った。
私よりもう少し踝に近い部分だったと記憶しているが、同じように観血的整復固定術でボルトを入れ、一年くらい経ってから抜釘した。

経験者がいるので、私もすぐに「あー、あの手術だな」とピンときた。
ただその時は局所麻酔だったのに、自分は全身麻酔なのが気になるといえば気になる。

病院から戻った日は既に15時近くなっており、動き回ったせいもあってへとへとであった。
何より松葉杖での移動が負担で、手の平が痛くてたまらない。
この痛みは入院日まで取れなかった。

以前の職場で、足のリスフラン部をねん挫した人が「松葉杖を使うと手が痛くて」と言っていた意味がよくわかった。
町中を松葉杖でぴょんぴょん移動している人がそうそういないのは、基本的にそういった移動をするための補装具ではないからではないか。
それはあくまでも「ケガをした時の一時的処置」のひとつであり、活動量の多い若くて元気な人ならともかく、ケガをしやすい年代以降ともなるともっと少なくなると思う。(二次災害も怖い)

一本杖もそうだが、松葉杖やロフストランドクラッチはあくまでも「不安定な足の補助」であり、「足をつけて歩ける」ことが前提なのだろう。
怪我だけではなく足を切断した人もいるだろうし、全てがそうとは言わないが、義足や車いすなど他にも方法がある現代日本では、全ての移動を一切足をつかずに、松葉杖だけで行っているという人はかなり少ないと思われる。

さらに困ったのは、寝る時である。
怪我をした日は痛みで眠れないかと思いきや問題なくぐっすり眠れたのだが、ギプスシーネで膝下までがっちり固定された今、いくつかの不具合が生じた。

まず第一に、足が暖かすぎて気持ち悪い。
私は冷え性ではないので、パンツスタイルの下にストッキングをはいたり、寝る時に靴下を履くなど、気持ち悪くてとてもできないのだ。
うっかり靴下を履いたまま眠ってしまうとのぼせてしまい、朝起きた時の不快感が半端ない。
何しろポーランドへ行った時も、零下20度を下回る中、夜中まで数時間歩き回ってもジーンズ一枚で十分だったくらいだ。(ちなみに北海道のさっぽろ雪まつりの方が寒かった。北海道恐るべし)

なのに右足は医療用ストッキング、ギプスシーネ、二重の包帯、ネットと重装備である。
つま先は素足なのに、おかげで足先までぽかぽかして気持ちが悪い。
布団に入るとなおさらである。

そして第二に、これが一番困ったのだが、「踵が痛い」のである。
人間があおむけに横になれば、布団に設置するのは当然「踵」である。
このかかと部分がギプスシーネにあたり、痛くてたまらない。
もしかして、褥瘡ができる人はこんな痛みを感じるのだろうかと思うくらいの痛みだ。

右足はクッションと柔らかい毛布で高く上げているのだが、足の位置を変えてみたり、体ごと横になってみたりしたものの、どうにも改善されない。
残された道は、包帯をゆるめ、ギプスのかかと部分を調整する、あるいは何かかませて踵を保護することだ。

しかしPTがきちんと巻いてくれたギプスや包帯を素人である自分がほどいていいのだろうか…
チラッと考えたが、それが痛くてストレスになっては元も子もない。
それで最悪ちょっと悪化したって、結局は入院して手術するんだからいいだろうと思い、包帯を外していく。

相変わらず真っ青な内出血が広がった右足の甲部が現れ、ギプスを外してみると、踵の内側部分がガタガタに固まっている。
ギプスシーネを固める際に、右足底を台に着け、きちんと足首を曲げる形で型を取ったのだが、いかんせん足が痛いものだからテキトーな形で固まるのを待ったのがいけなかった。

しかも膝下までかっちり止められているので、踵がゴツゴツから逃げられないのだ。
結局、小さなタオルハンカチを踵にかませ、包帯を少しゆるめに巻くことにした。
その際、甲部はしっかり包帯を巻いて動かないようにし、傷などがないふくらはぎ部はゆるめにして、ギプスを少し動かせる、というように調整した。

これで痛みは解決し、無事熟睡できるようになった。
足先の気持ち悪いぽかぽかについては、仕方がない、布団から足を出して冷気をあて、しのぐことにした。

職場からは、12月1日に支払いをしなければならない件の問い合わせが来たが、1日になったらマッハでやろうと思ってすべて整えてあったので、滞りなく行ってもらえた。
また、自分が受け持っている仕事を肩代わりしてくれる人からは、ちょっとした確認の電話があったが、それも特に問題なく引き継げた。
年末のクソ忙しい時に、余計な仕事をしてもらわねばならないなど、本当に申し訳ないことである。

とはいえ、機動力ゼロの状態では仕方がない。
あとは入院までひたすらぐうたら過ごすだけであった。
ヒマにまかせて久々に始めから最後までM-1を見て、「優勝は和牛だろー!絶対和牛!」「まぁでも個人的にはゆにばーすが笑えたな!」とテレビに文句をつけたり、忘年会の約束をしていた人や、遊びに行く予定だった友人にLINEで事情を説明したり、忙しくてできないと思っていたソシャゲのイベントをクリアしてしまったり、まさにのんべんだらりのニート生活。

うーん、最高(おい)

2017/12/20 15:21 |第五中足骨骨折COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

コメント

コメントの投稿



管理者にだけ表示を許可する

 | BLOG TOP |