アルドノア・ゼロ

最終回まで見終わった段階に、即全話保存を決めた(買えよ!!)怒涛のロボアニメ。
最終回の衝撃は記憶に新しいが、第2シーズンが一体どうなるのかを考えるのもまた楽しい。
少なくとも昨年の「革命機ヴァルヴレイヴ」にはならない気がする。(こっちも一応主人公死んだけど)

最終回を見て、私が一番心にきたのはザーツバルム卿の悲壮な叫びだった。
彼は地球人を心から憎んでいたけど、愛する人を死地に追いやった火星人のことも憎んでいる。
騎士として主君である皇帝に恭順する振りを15年間も続け、同じくらい憎い地球人への開戦理由を探していた彼は、「皇帝によって地球人を憎まされ、その虚しさに気づき、愛する者を奪われた怒りも相俟って、全てを壊してやり直さなければダメだと感じた」と心を語っていた。

ディオスクリアはこれまで出てきた絶対防御のニロケラス、薙ぎ払う剣を持つアルギュレ、ロケットパンチのヘラスの武器特性を全て盛り込んだ「全部乗せ」カタフラクト。
普通に考えれば、主人公補正がかかり、瞬間分析力と判断力に優れたイナホが乗るとはいえ、オンボロのオレンジ色に負けるはずはない。
実際、戦闘シーンは一方的過ぎて最終決戦にしてはやや迫力に欠けたような気がする。揚陸城の中(しかもなんか倉庫の入り口みたいなトコ)という地味な背景も手伝って、昨年のロボアニメ(ヴァルヴレイヴ、マジェプリ、ガルガンのチェインバー、バディコン)が最終決戦はどれも満足のいく迫力だった事を思うと、「ザーツバルムさん、もう少し機体性能を引き出せよぅ」と歯がゆい感じだった。
とはいえ、彼がああまであっけなく敗れたのは、全てを壊した後、その先のビジョンがなかったからという象徴なのだろう。

最終決戦に必要な人を守りぬいたのが全部女(ライエとエデルリッゾ)とか、最終決戦地にたどり着いたのも全部女(インコとねーちゃん)とか、監督のせいかやけに女臭かったけれど、最後の最後は虚淵らしいスパイスがピリッと効いていた。

この物語は主人公イナホの能力の高さが何より物をいい、戦闘シーンを盛り上げてストーリーを牽引していく反面、スレインというもう一人の主人公が真実と虚構を暴き、手を汚しながら(実際に結構人を殺している)より大きく物語を動かしていくところがすごい。
これまで「ダブル主人公」「もう一人の主人公」と言われるキャラは古今東西数多の数がいたけれど、ここまで正反対の立場に立ち、互いをよく知らず、それでも物語の大きな渦の中では「どちらも物語の中心にいる」2人というのはなかったのではないか。

「我を助けたな、スレイン」(ザーツバルム伯爵)

実はザーツバルムがスレインを助けたのは、まだもう一つ策を弄しているからかと思ってたんだけど、それは外れた。
彼は本当にトロイヤード博士への恩義から息子を助けたに過ぎなかったようだ。
そのスレインは姫様への思いを忠義に代えてクルーテオに証明して見せたものの、結果的にはその姫様の命を奪ったザーツバルムを救ってしまい、さらにはそのザーツバルムにも銃を向けることになった。

こんな哀しいコウモリは見たことがない。

私は個人的に「あちこちにいい顔をする」嫌われ者を指す「コウモリ」という言葉が嫌いで、故に本物のコウモリに何気ないシンパシーを持っているのだが、これほどこのコウモリという言葉が身に沁みた作品はない。
確固たる意思を持って、一切ぶれていないのに結果的には「コウモリ」になってしまったスレインに比べれば、これまであっちこっち河岸を変えて調子よく立ち回ったキャラは単なる「腰の軽い裏切りキャラ」でしかない。(アスランとかアスランとかアスランとか…せめて戦い好きなヤザン・ゲーブルとか部下思いのシーラ様くらいしっかり意思を固めて裏切ってもらいたいよね!)

そして姫様の亡骸に近づくイナホをも撃ったスレイン。

視聴者を唖然とさせたまま、火星の侵攻は終了し、この戦争は地球連合の勝利で幕を閉じた。
戦争は人間の感情で始まるものでも、終わるものでもない。
国と国同士の利害がせめぎ合い、どちらかが目的を達するか、またはそれ以上の犠牲が出て結果に見合わなくなるか…そうした「事情」が戦争を終わらせる。冷たい方程式の前には、姫様の少女らしい甘い願いも、スレインの淡い想いも、イナホに芽生えていた微かな意識も、すべてが吹き飛んでしまう。

さて呆然としたままエンドロールを見たが、分割とわかっていても2期が1月から始まるというのは嬉しい。
全員が本当に死んでしまったとは考えにくいので、一体キャラたちがどうなっているのかが気になる。
次の主人公が今度は完全にスレインになったらすごい。

また、このアルドノアはサブタイトルに秘密があって、日本語のものより圧倒的に英語の方が物語の内容を表している。
最終話は「たとえ天が堕ちるとも」だったが、姫様(女神)がスレイン(信奉者)に撃たれた(実際に撃ったのではなく、結果的に神殺しになってしまったということだが)からかとか、火星騎士が地球人に敗れたからかとか色々考えられるけど、英語サブタイの「Childhood's End」により、少年たちの大人への痛みと血を伴うイニシエーションだった、とも取れるのだ。2期の背景が少し時間の経った状態だったらまさにそれだろう。

また、私は最初からクルーテオ卿が何かしら重要な役割を担う気がしていた(速水奨だし)のだが、8話であっさりとザーツバルムにやられてしまったので「えええええ」とややガッカリしていた。
けどスレインが乗った時、起動したよねぇ、タルシス。
最初は「アルドノアの研究をしていたトロイヤード博士の血を引くスレインには、アルドノアを起動させる力があるのか?」とも思ったけど、あれ、多分クルーテオ卿が生きていたからではないかと思うんだけど…どうなんだろう。できれば生きていて欲しいものだが。(物語としては火星騎士側にも感情移入できるキャラがいないと深みがなくなるからね)

イナホもザーツバルムも死んでしまったのかどうかボカされていたし、姫様は…姫様…

姫様死に過ぎぃ!!!!!

いやー、最高に楽しかった!
放映がガンビルが終わってすぐだったらガンビルロスもなかったのではと思う反面、全く毛色が違う作品なので、むしろ3ヶ月のインターバルがあってよかった気もした。

2期にも大期待。スタッフ・キャストの皆さんはとりあえず、お疲れ様でした。

2014/09/28 15:02 |日記COMMENT(2)TRACKBACK(0)  

コメント

コメントありがとうございました

お返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありません。
終了から早1ヶ月になろうとしていますが、「アルドノア・ゼロ」、とても面白かったですね。
そうは言いながらも最近HDDの整理のため、DRで録画したアルドノア全12話のCMカットし、ブルーレイに移したばかりなので、まだ記憶は新しかったりします。
サブタイトル部分にチャプターを打つため早送りとはいえざっと見るので、「ああ、この話はこうだったなぁ」「そうそう、ここではイナホが…」「スレインはやはり報われないわー」としみじみしながら楽しみました。

「戦争は人間の感情で始まるものでも、終わるものでもない」

この、姫様への返答としてのイナホのセリフに違和感を覚え、「戦争は人間の感情でこそ始まり、または終わり、戦闘行為自体にも人間の感情が介在する」というwataruさんのご意見は、無論一理あると思います。

仰るとおり、今現在全世界で勃発している民族紛争、異教徒への弾圧を伴う宗教戦争、思想に基づく…と見せかけて資源や富を巡る苛烈な経済抗争だった冷戦、そして世界大戦に見る「新たなる貧困」を巡るカースト戦争、古くは帝国主義による侵略戦争や領地戦、権力闘争、内戦、はたまた村同士の水や花嫁戦争にいたるまで、人間の感情が絡まない戦いなどありえないでしょう。

でも私は、この時イナホが話していた相手が敵国の「姫」、つまり君主として今まさに戦いの頂点に立つ「立場」の人間である、ということが重要ではないかと考えています。
つまり、イナホが言いたかったのは戦争そのものを形作る、「膨大な数の末端の人間」が関わっている部分ではなく、もっと大きな部分の事ではないかと思ったんですね。

なぜなら、姫の「立場」というのは、様々な要因さえ整えば、一兵卒に過ぎない学生のイナホより、ずっとずっと「戦いを始める(あるいは終わらせる)」ことができるものに近いからです。

そんな立場にある姫が、「人の感情で戦争が始まり、悲惨なことになっていく。なんと哀しく嘆かわしい…」と言ったとしたら、「おいおい、そりゃないぜセニョリータ」と言いたくなりませんか。
そこらの垢だらけの村娘が言うならまだしも、立場的にあんたは感情とか気持ちとかそんなもんだけでなく、それ以外のもの…すなわち「戦争というシステム」にも近しいでしょうが、と。

イナホは非常に頭脳明晰で、視聴者に「ないわー、そんなんないない」と思わせながらも、パニクることも怒鳴る事もなく冷静に正しい選択肢を選び取り、ピンチになっても平常心を忘れることがありません。
それが彼の最大の魅力であり、アルドノアを「面白い」と多くの人に言わしめた要因の一つだと思います。

でもだからこそ、私はイナホがwataruさんが仰るように、「戦争に人間の感情が介在する」ということを、全く理解しないでこのセリフを言ったとも思えないんですよ。

イナホは感情の起伏が少なく、最初にオイチョがニロケラスに吸収されていくシーンを見ても友の名を叫ぶでもなく、淡々と彼の死を見守っていました。
あのシーンはこちらの方がびっくりするくらい、イマドキの主人公には珍しい静かさでした。
でもあの後、絶望的な状況の中で彼は戦う事を選択し、そして少なくとも彼の昔からの仲間を失うことなく、最終回まで戦い抜きました。
感情を露にしないから感情がないわけではないはずです。
眼の前で友人を失った彼の感情は即座に整理され、理性的に処理され、「二度と仲間を失わない」ための、最良の方法を選び出したという事なのだと思います。

だからこそ彼は、自身も重傷なのに、オイチョと同じく自分の0眼の前で撃ち抜かれた姫の元ににじり寄っていったのでしょう。

もう助からないかもしれない…
銃を持っている人間がいるから、自分も撃たれるかもしれない…
動けば痛みも激しいだろうし、自分の出血もひどくなる…

あの場面でも、イナホのようなタイプなら合理的判断はいくらでもできます。
けれどそうはしなかった。
どんなに非合理的でも、感情などないと言い張っても、彼は倒れた姫を助けようとそこへ向かったのです。

人が感情を持ち、その呪縛から逃げられないということに、イナホが気づいていないはずがない。
そして同時に、その感情こそが人間の行動の方向性を決めるとわかっていたのではないかとも。
だからこそそれをコントロールし、理性的に振舞うよう自分を律していたのではないでしょうか。
それはもしかしたら作品内で語られていないイナホの過去に関係する「自分なりの訓練」だったのかもしれません。

感情のままに行動し、その思いは常に正しく善良であるにも関わらず、なぜか思う道を外れ、大切なものを失ったスレイン。
感情を抑え込み、時には冷酷にすらなって理性的に行動しようとしながら、感情の何たるかを知り、最後にそれに従ったイナホ。

私はむしろこの二者の対比を見て、あまりにも皮肉な結末に、2期への期待が高まります。
人それぞれ様々な見方、感じ方がありますので、むしろそういうたくさんの人の多角的な歓声を刺激してくれる作品は大変貴重だと思います。
実際、「ヴァルヴレイヴ」など多くの作品の1期終了時は、大体が「何もわからん!だから早く続きを見て結果が見たい!」というタイプだと思うんですよ。
アルドノアは、物語の結末ももちろんですが、こうした何らかの刺激も期待できる作品として貴重ではないかと。

1月なんてあっという間にやってきます。
それまでお互い、ワクワクしながら待ちましょう。

No:312 2014/10/25 19:21 | になにな #aUrEiGLg URL [ 編集 ]

>戦争は人間の感情で始まるものでも、終わるものでもない

イナホが劇中でこれと似たセリフを口にした際、自分は「賢そうでもやはり子供。理性と理論を重んじ感情を切り捨ててしまったがゆえに、後々その陥穽にハマってしまう。それを示唆するため、あえて言わせた演出」と強引に解釈しました。

なぜなら、戦争の根底には人間の感情があります。イナホがいうように、確かに戦争の理由は、経済的、宗教的、民族的な対立に起因しますが、では、対立したらなぜたがいに譲歩するのではなく争いになるのか、といえば、そこに人間の感情が働くからです。

人間の感情を無視しては戦争は語れないし、戦争に勝つことも、終わらせることもできません。現に、世界一有名な兵法書「孫子兵法」では、「敵味方の感情をいかにコントロールするか」に重きをおいていて、それは、戦場のみならず、平時においても徹底されています。

自分としては、1期でつねにクールに徹していたイナホの言動と、その最期の姿は、2期での展開をふまえたある種の布石ではないかと思っています。というか、そうでないとあのセリフはあまりに……なので。

No:311 2014/09/28 22:26 | wataru #- URL [ 編集 ]

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