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いつか灰になる日まで

よく言われるのが、「人間誰しも一度くらいは
死にたいと思ったことがある」という事だが、
幸いなことに私は今までそんな事を考えた事がない。

記憶力がいいのは良し悪しで、よい事も覚えている反面
悪いこともまるで昨日のことのように鮮明に覚えていて
いつまでもいつまでもフラッシュバックするものなのだが、
切り換えがよ過ぎるのか大好きな我が家でまったりと
過ごしているとイヤな事などほとんど考えずに済む。
つーか忘れている、完全に。仕事の事も完全に忘却。

だからそういったストレスや恥やイヤな事のせいで死にたいと
思った事などない。感情のスイッチも意外とラクに切り替えられ、
そもそもそんなくだらん物事のためになぜこのになになさまが
死なねばならんのかバカものと逆ギレするタイプでもあるから
「死にたい」などと思いようがない。選択肢に全く入っていない。
(今後あるとしたら不治の病にかかるか余命0か不可逆的な障害を得る時など、絶望の淵に立つ時だろう)

「死にたい」と思った事はないが、自分の「死」については
常に考えている。それは無論天寿を全うしての死である。

私はまだ10代の頃から自分の「老化予想」を立て、
おおよその寿命を定めて人生の配分をしているが、
実際に年を取ってくるとあまりにもあたりすぎて
見事な的中率だと感心するやら空恐ろしいやら。

○○歳頃に○○が起きる、××歳頃には×××が起きる…

こうした予想が本当にいやになるくらい大当たりで呆れる。
そして老化とは本当に防ぎようがないのだと実感する。
いくらこうありたいと願っても全くおかまいなしである。

私が血族の死を見て自分で定めている寿命も
恐らくぴったり当たるであろう。そんな気がする。
こうなったら多分、このままいくと体に障害が
起きるであろう予想年齢も当たるに違いない。
無論そんなものは絶対に起こらないで欲しいと
強く願ってはいるが、今までの予想のあまりの
的中ぶりを見ていると逃れられないだろうと思う。

その場合の、今よりずっと不便になる人生の
シミュレーションを綿密に行っておかないと
ただみっともなく慌てふためいて、嘆いたり
悲しんだり絶望している間に、現在以上に
残り少なくなっている時間が過ぎてしまう。

いずれ天寿を全うし、潔く、格好よく、出来る限り
若い人に迷惑をかけないようにしつつ、この世に
お別れする準備は抜からぬようにしたいものだ。

まだ揃えねばならないものは多々あるけれど
夏の旅行のための「偽装土産」も
注文したのであとは出発日を待つだけ。
日持ちしてある程度見栄えのするものを選ぶのは難しい。

***更新***

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