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うとうとしかった愛情と 裏切りの多かった日々を

かっこう


しぐれた林の奥で
かっこうがなく

うすやみのむこうで
こだまがこたえる

すんなりしたこずえたちが
しずかに霧のおりるのをきいている

その霧が しずくになって
枝からしとしとと落ちるのを

霧けむりにつづいている路で
僕は あゆみを止めてきく
さびしいかっこうの声を

みじんからできた水の幕をへだてた
永遠のはてからきこえる
単調なそのくり返しを

僕の短い生涯の
ながい時間をふりかえる

うとうとしかった愛情と
うらぎりの多かった時を

別れたこいびとたちも
ばらばらになった友も

みんな この霧のなかに散って
霧のはてのどこかにいるのだろう

いまはもう、さがしようもない
はてからはてへ
みつみつとこめる霧

とりかえせない淋しさだけが
非常なはやさで流されている

霧の大海のあっちこっちで
よびかわす心と心のように

かっこうがないている
かっこうがないている


【金子光晴】 現代仮名遣いに変換済


中学校の詩篇の章で習った詩。
私は国語が大好きだったので、義務教育中は教科書をもらうと同時に
夢中で中身を読んでしまうのが常だった(高校は購入と同時に)のだが、
この詩を読んだ途端、はり裂けそうな寂寥感に襲われてしばし呆然と
してしまった。なんという寂しさを凛とした眼で見つめているのだろう…

誰もいない、朝霧が立ち込める森の中で、ただかっこうが鳴く。
誰かを呼ぶように、誰かに訴えるように、誰かを求めて鳴く。
けれどそれに答える者などいない。気づく者さえいない。
ただこだまだけが返る。それがむしろ寂しさを際立たせる。

そのあまりにも寂しい声に、二度と会えない人を思い、
二度と戻らぬ愛を思い、もはや取り戻せない若さを思う…

締め付けられるような過去への憧憬と、苦しいほどの後悔と、
前に進んでいくしかないという絶望と、それでもこれが自分が
生きてきた証であるという矜持と、そんなものが全て入り混じり、
けれどたった一人でその思いを抱き締めなければならないような
そんな底知れぬ寂しさを感じてしまって衝撃を受けたのだと思う。

今は毎日毎日鬱陶しいだけのクラスメイトとの関係や、口うるさく
管理しようとする教師たちや、反抗期で口も利かなかった母親…
そんな多くの人たちと、会いたいと思っても会えなくなる日が来る。

かったるい授業も、ウザったい試験も、めんどくさい行事も全てが
過去へと流れていく…望んでも決して手の届かないものになる…

「僕の短い生涯の」
「ながい時間をふりかえる」

なんという鋭い表現だろう!
矛盾しつつもあまりにも的確な言葉に唸る。

「うとうとしかった愛情と」
「裏切りの多かった時を」

そしてこれまたなんという自虐的な表現であろうか!
もうこの一片を読むだけで体中が切り刻まれるようだった。

恋人も友も、相手の姿が見えない霧の中で、
互いを見つけられずに彷徨っているのだ。
呼び合うこともできず、触れ合う事もできず、
聞こえるのは寂しいかっこうの鳴き声だけ…

二度と会えない人たち。二度と共有できない時。
想像すればするほど霧深い森に迷い込むトランス感があった。

14歳か15歳の私にはそう頭では考えても決して近くはなかった未来。
それでもいつか私もかっこうの森で人生を振り返り、失った多くのものや
どんなに願っても二度と会えない人たちを思い出す日が来るんだろうか…
その時、自分はどれほどの寂しさと悲しさを感じるのだろうか…
そしてそれと同じだけの幸せや喜びを手に入れているだろうか…

私は何度も何度も何度も何度もこの詩を読み、そのたびにじんわりと
人生の寂しさを感じ、年老いる事を恐れ、けれど受け入れねばと思い、
未だにこの詩が載っている教科書を手元に置いている(というか基本的に
教科書は捨てない。本を捨てる事は罪としつけられてきた経緯もあるので)

当時の友人にこの詩への感銘をいくら語っても、同時に載っていて
わかりやすい高村光太郎の「レモン哀歌」に人気が集まったため
誰にも理解してもらえなかった上、新任の国語教師も「レモン哀歌」に
比べてこの詩を簡単に終わらせやがったので悔しかった事も懐かしい。

そりゃ「レモン哀歌」は有名だよ!光太郎の智恵子への愛の総決算だし!
でも私は授業で「かっこう」をやるのを春先から楽しみにしてたんだよぅ(泣
(この国語教師は私がいくら90点台を連発しようとも提出物を期日までに
全て提出しようとも、ついに3年間一度も「5」をよこしたことがない最低の
バカ女教師であった。相対評価的にも絶対5がとれるはずなのに…
でも最近の子には相対評価なんてものはわからんのかな)

ところで、詩についての母の持論は以下のものである。

「いい文学が生まれた時代には、いい詩が生まれている」

文学者が育つ時代には優れた詩人も生まれるもの。
今は優れた詩人がいない。だから優れた文学もない。

これを聞いたのは90年代初頭で、若かった私はそんなもんかなと
思ったものだけれど、今現在を見てみればその通りかも…と思う。
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ヒグラシならぬ…

少し暑かった今日、まだ弱々しく鳴いているツクツクボウシがいた。
いや、おまえそんなに必死に鳴いてももうメスはいないんじゃ…?

ブラックマヨネーズの「自称」ハゲてる方のハゲネタがウザい。
ヤツよりハゲているゲストが来ると静かになるのでホッとする。
いくら立ち位置がピンチとはいえ、あれほどまでにハゲネタを
振りかざしさえさなければ別に嫌いというわけでもないのだが。

こんにゃくゼリー(90年代半ば)も雑居ビル火災(2001年歌舞伎町)も
忘れた頃にやってくる。そういえばあの火災が騒がれていたさなかに
同時多発テロが起きたのでそろそろでかいテロなんかも起きたりして…
(ちなみに火災が起きた日は私も新宿で遊んでて、帰ってきたら目白通りを
今まで見た事もないくらいの消防車が大出動して何事?!と思ったっけ…)

穀物にメラミンってのは、牛の飼料に牛の骨粉が入ってたとか、
遺伝子組換え大豆や小麦やトウモロコシが輸入されてたとか、
排水で生まれた生物が皆メスになっちゃったなんて話を思い出す。

最近本当に偉いなぁと思ったのは王監督。
自分の健康が一番のはずなのに、まさか監督を続けるとは
思ってなかったので驚き、最後まで勤め上げたことに感嘆する。
ストレスなんか一番よくないはずなのに…

恐らくはWBCの話が来そうだったので潮時と思っての引退なのだろうけど、
福岡の人たちの監督への想いを見ていたら不覚にも感動してしまったよ。
そうか、王さんはもう巨人のホームラン王じゃなく、博多の王監督なんだね。

RDは絶賛してる人が多くて意外だが、私にとってはイマイチな作品だった。
ちんたらのたくらまったりやってきたのに、なぜ最後にバタバタしたんだろう。
みなもの言動が幼過ぎてイライラすることも多く、ラストはブラスレイター並に
なんじゃそりゃ~!だったのでどうでもよい。やっと終わってくれてよかった。

銀魂は「今日から新OPEDか」と思ってたのにしょっぱなからスッコケた。
しかしスタッフはホントに懲りないなぁ…面白いからいいけど。
OPには神威が出てるので吉原編まで行って終わりだろうね。
ところであのEDって沖田祭?オリジナルでもやるんかね?

セブンは総集編だったけど途中で見るのやめた。
だって1時間SPまだ見てないのにそのへんバンバン出るんだもの(汗

ZZはチンタラやってるけど、ブラックキュベレイに乗ったプルが登場。
それにしても戦場でドッキングするムチャクチャさには爆笑だけど、
ZZが見栄を切るのがナニゲにカッコええやん、スパロボみたいで。
でも1話でも溜めるとなし崩しに見なくなりそうなので頑張って
見てるよ。早くシリアスモード全開になってくれんかなぁ…

新番組視聴第一号は「キャシャーンSin」。
タツノコものらしく1話目はイミフーなところも多いけど、
いや、これは…うん、フツーにいけるんでない?
Visitor&Resident
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